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2019.02.14 Thursday

アーカイブ室から。



1997年9月に、私の故郷北海道旭川に『谷口雅彦写真アーカイブ』を設立し、私の写真プリント、ネガや写真活動に関するあらゆる資料を整理

2019.01.23 Wednesday

さよなら片瀬江ノ島駅舎。

口雅彦写真アーカイブ】
もうすぐ解体され建て替えられる小田急線片瀬江ノ島駅舎。10代の頃から慣れ親しんだ駅舎だけに、寂しい気持ちになっています。昨日、一人お別れに行ってきました。
2枚目の写真は、昭和最後の夏休み、1988(昭和63)年に片瀬江ノ島駅前で撮影した写真。
#昭和最後の夏休み #片瀬江ノ島駅 #小田急線 #1988年夏 #昭和63年夏 #湘南 #夏の思い出 #写真家谷口雅彦 #谷口雅彦写真アーカイブ室 #ENKEN #スナップ写真 #小田急線 #駅舎 #竜宮城駅舎 #さよなら片瀬江ノ島駅 #ありがとう片瀬江ノ島駅
2019.01.17 Thursday

藤沢・白幡神社どんど焼き。

先日、源義経公が祀られている白旗神社のどんど焼きに行ってきました。
祭りの様子を写真で撮っていたのですが、なんと驚いたことに火の鳥が写りました。両脚もついていて勢いがあります。ありがたいです。

#白旗神社 #どんど焼き #火 #火の鳥 #火の形 #吉兆 #写真家谷口雅彦 #ENKEN#縁顕

2019.01.08 Tuesday

キタシバファイル生配信情報!



1月19日(土)19時から、FRESH LIVEとYouTube LIVEから[キタシバファイル]生配信!


【出演】

北芝健(元警視庁刑事)

谷口雅彦(写真家)

MC 大谷清英(映像作家)

運営 ビィズ・クロコ株式会社



番組登録お願いします。

http://freshlive.tv/kitashiba

#キタシバファイル #北芝健 #谷口雅彦 #大谷清英 #ビィズクロコ株式会社

2019.01.07 Monday

昭和から30年。

 

昭和64(1989)年1月7日。
「昭和天皇崩御を報じる新聞号外」まだ配布される前に新聞社の告知板に掲示されたばかりの記事。

良く見ると、記事の端が急いで切り取られたようになっている。
今日で早いもので30年。

#昭和最後の日 #昭和天皇崩御 #昭和64年1月7日 #昭和 #号外

 

昭和64(1989)年1月7日 昭和最後の空。(北海道旭川市にて)
#昭和64年1月7日 #昭和最後の日 #昭和最後の空 #写真家谷口雅彦 #谷口雅彦写真アーカイブ室 #北海道旭川市 #太陽

 

 

2019.01.01 Tuesday

新年ご挨拶



新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。


2019(平成31)年元旦
谷口雅彦(縁顕)
2018.12.19 Wednesday

2018年も残りわずか。

2018年も、残すところあと二週間を切りました。

みなさんいかがでしょうか?

年の初めに掲げた目標は達成できましたか?

あとまだ10日ちょっとありますからラストスパートですね。

頑張りましょう!

私のこれからの目標は、自分の中に曇りがないように生きていくこと。

昔から思っていたのですが、最近それを思い出しました。

とりあえずみなさん良いお年を。

2018.11.24 Saturday

配信情報

次回の[キタシバファイル]は、11月26日(月)19時から20時です。FRESH!LIVEとYouTubeLIVEからの同時配信です。
[ミンナナカヨシ]は、12月27日(木)18時30分から19時30分まで、FRESH!LIVEで配信いたします。

2018.11.24 Saturday

その後、湘南から。

気がつけば11月も末、あと1カ月ちょっとで今年も終わりですね。
みなさんはいかがお過ごしでしょうか。
私はこの一年の間に、東京の世田谷から神奈川県藤沢市に移り住んできました。数カ月かけての転居でしたが、最初に転居を模索してから、気がつけばもうすぐ1年になります。

移転の際、長らく別にしていた自宅とアトリエを一つにして、これからの自分の行く道を模索する機会になればと思っての転居でした。同じ建物内ですが作品制作の空間と生活空間は別にしています。

思えば20年前の1998年から約3年、藤沢市鵠沼海岸に自宅を構え(アトリエは川崎市登戸)、江の島や鎌倉を撮り、2004年に新宿コニカミノルタCギャラリーで『稚児と大仏』という写真展と、同名の今でいうZINE写真集を制作しました。
藤沢市に住むのは、それ以来ぶりになります。
1984年、17歳の頃、まだ生まれ故郷の北海道旭川市に住んでいて、夏休みを利用して従兄弟の家にお世話になった時に、まだ国鉄だった横須賀線に乗り鎌倉、江ノ島電鉄で江の島に来たのがこの町との最初になります。

それがきっかけとなり、大学進学を機に上京し、学生時代は晴れたら湘南の海に行って写真を撮っているという日々を過ごしました。
大学では、日本国文の中世文学を専攻し、卒業論文は『平家物語と義経記の描写比較と義経伝説について』でしたので、その関係で鎌倉にも足繁く通ったことを憶えています。
肩にアルミのカメラバッグと三脚を担ぎ、北鎌倉の寺々を巡りながら写真を撮っていた頃が懐かしいです。

1990年には、前年にサラリーマンとして都内世田谷にある写真関連の会社に勤めていましたが、湘南一帯で開催されたプロジェクト[サーフ90]に参加し、イベント関係のレポート取材に挑戦します。
いわば湘南一帯、特に藤沢と鎌倉は、私が上京に至ったきっかけとなった場所です。

この20年、写真家として世の中のみなさまに生かしていただきましたこと、大変感謝しております。特に出版界には頭が上がらないくらいの仕事のきっかけをいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
こんなこと言うと、写真家人生終わりにするの?みたいな感じですが、いやいやまだまだ頑張りますよ!
今はひとまず頭を冷やして、自分がやらなければならないことをしっかりと考え直す作業をしています。
東京を離れ、あらためて自己を見つめる良い機会に恵まれています。

また年明けから、じわじわっと新たなスタートがあることでしょう。

先日は、青森県八戸在住の友人写真家から嬉しいメールをいただきました。八戸との縁は、2013年に[ユニット#527]というユニットを作り、以後、活動を継続しています。
嬉しいメールとは、昨年から約束していた[八戸完全写真化計画]をスタートしよう!という報せです。
[完全写真化計画]とは、私が主体で活動しているプロジェクトです。始まりは2008年に[裏新宿完全写真化計画]という写真展を開催し、2015年から2016年にかけては神奈川県川崎市多摩区で[登戸宿河原完全写真化計画]を、昨年から今年にかけては、秋田出身の舞踏会土方巽の著書『病める舞姫』をテキストに[病める舞姫完全写真化計画]を地元秋田のNPO土方巽記念秋田舞踏会と一緒にプロジェクトを敢行いたしました。
[完全写真化計画]とは、わかりやすく言うと、写真で何ができるかというお題目を一貫して具現化する実験的計画という意味です。

完全に写真化?ってそんなことできるの?ってみなさんは言われるでしょう。
そうなんです。言葉では完全に写真化します!と言えますが、実際は何をもって完全なのかもわからないですし、まして完全に写真化ってことは何を示してのことがわからないと思います。そのことは私自身、重々承知の上での命名です。
いわば、スローガンと言った方が良いのかもしれません。

事実、不可能かもしれないけれど、写真という表現を用いて限りなく完全に向けて挑戦していくということです。

ともかくも来年からは、[八戸完全写真化計画]がスタートできることは、大変喜ばしいです。
これについては、まだ詳細はお話しできませんが、八戸を盛り上げるきっかけにはなれそうです。

話は戻りますが、八戸と並行して、20年ぶりに藤沢を舞台に写真を撮って行こうと思っているところです。

みなさま、お近くに来た際にはぜひ声をかけて下さいませ。

その際は、面白スポットなど案内しますよ。



2018.09.17 Monday

ありがとうございました。

秋田県立美術館県民ギャラリーで開催した企画展『病める舞姫完全写真化計画』(企画NPO土方巽記念秋田舞踏会)は、おかげさまで無事終了することができました。
会期中、1000人以上の来場者が来て下さいました。
有形無形にお力を貸していただきました皆さん、大変ありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。

昨年初めに依頼されたプロジェクトですが、とりあえず一通りの約束事の仕事は終えることができました。
あとは私の手から離れた写真集を会の方々や秋田のみなさんや土方巽ゆかりの方々がどのように作り上げて行って下さるか、今から楽しみです。

この約一年半、いろいろなことがありました。でも一度も手抜きをしませんでしたし、真摯に対応させていただきました。
もちろん私の力が足りなかったところもあると思いますが、魂込めて制作した写真作品1点1点が大切な宝物となりました。

写真集『原作土方巽 病める舞姫 東北歌舞伎計画秋田公演』(写真谷口雅彦 企画NPO土方巽記念秋田舞踏会)は、世に出たばかり。
これからが試されることでしょう。
制作中は、アードディレクターの宮古美智子さんや編集の中津宗一郎さんからは、私の写真作品について良い感触をいただいてましたが、秋田では綺麗すぎてつまんないとか言われたり、こんな出来の悪い写真集を押し付けられた会の気持ちもわかってほしいとまで言われてしまいましたが、いざ出版となり展示も終わった段階での世の中の反応はまずまずのところではないかなと自分自身ではそう思っています。

当初、土方巽の遺した『病める舞姫』に触れ、新たなことをすることに、舞踏関係者の方々からは批判的な言葉をいただきました。正直、そのことについて私なりに悩みました。

その悩みを旧知の舞踏家で土方巽の最後の弟子である和栗由紀夫さんに打ち明けました。和栗さんは「谷口さん、今回のプロジェクトは、ぼくも谷口さんも互いに師匠のことを継ぐ形での試みだから、先人がやったことと必ずや比べられると思うし、けして褒められることはないと思う」と言われ、
「誰かがやらなければ、その先の風穴を開けられなく、それだと頭打ちになってしまうと思う」と。
「だからやってみることに大変意義がある、ぜひやってみましょう」と言われてのスタートでした。
このことについては、後日何かの機会にお話ししようと思っているので、ここではこれくらいにするが、そんな経緯でプロジェクトを受けてスタートすることになった経緯があります。

ちなみにその和栗さんは撮影が終わった4ヶ月後に急逝されました。

そういう意味では、私はこの機会に和栗さんを撮り、世の中に遺すことが出来たことは幸せなことだと思いました。きっと天国でも和栗さんは喜んでくれていることでしょう。

後日、和栗さんの奥さまの香織さんからお電話をいただき、和栗さんが昨年6月に撮影のために東京を出る際に、「谷口のために行ってくる!」とご自宅をあとにされたそうです。私はなんて幸せ者でしょう。和栗さんと私の四半世紀に渡る絆が今回の写真集を決定付けたと言っても良いです。

今回のプロジェクトについての詳しい経緯については、あらためてお話が出来る機会がくることでしょう。

今は、ひとつのプロジェクトが無事ひと段落できたこと正直ホッとしています。

私はまた新たな場所で新たな人達に声をかけていただき、そこでまた新たなプロジェクトをやり通して行くでしょう。
現に北海道や青森、私の住んでいる湘南などの関係者さんから、新たなプロジェクトや案件を頂戴しています。 引き続き、新しいことに挑戦することをこれからも恐れずに写真で何ができるかを追究して行きたいと思っています。

今後ともよろしくお願い申し上げます。

谷口雅彦

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